Nature誌が軍事に傾倒する日本の科学技術政策を報道 投稿者名:浜田盛久

英国の科学誌Natureは、「What Japan’s election means for controversial defence research(日本の選挙結果は、論争の的となっている防衛研究にとってどのような意味を持つか)」と題する記事を2022年7月22日付けで出しました。Smriti Mallapaty(スムリティ・マラパティー)記者による取材・執筆です。私は記者から取材を受け、本記事中でコメントをしています。本記事の原文は、インターネットで閲覧可能です。
https://doi.org/10.1038/d41586-022-02017-y

記事は、自民党が①企業の研究開発投資に対する減税という形で科学技術に投資する、②量子技術、生命工学、人工知能、再生医療といった国としての重点分野に予算配分をする、③ロシアによるウクライナ侵攻や中国との緊張の高まりを背景として防衛費を倍増する、といったことを公約して参議院選挙に臨み、“地滑り的”勝利を収めたと報じています。角南篤・笹川平和財団理事長の「防衛費の増額によって、サイバー空間、宇宙、海洋に関する科学技術研究開発のための研究予算の増額や国際共同研究の促進が期待できる」というコメントが添えられています。

一方、記事では、選挙結果を受けて、軍事目的に応用可能な先端技術への研究開発が継続されることに不安を感じる科学者の声を紹介しています。そのような科学者の一人である隠岐さや香・東京大学教授(科学史)は、「どんな研究倫理基準が将来にわたって維持されるかは分かりません」と述べています。私は「軍事研究は社会に公開されません。皆のための科学ではありません」と述べ、軍民両用研究の推進によって研究成果の公開性が脅かされる可能性を指摘しました。

記事は、第二次世界大戦後、一貫して平和主義の立場を取ってきた日本が、安倍政権の下、安全保障技術研究推進制度に象徴されるように、軍民両用技術の研究開発への投資を開始したことを紹介しています。さらに最近の動きとして、5月に経済安保法が成立したことや、これに付随して約5000億円規模の「経済安全保障重要技術育成プログラム」が創設されることを紹介しています。角南氏の「経済安全保障とは、本質的に、軍民両用技術研究を推進することです。軍民両用技術には、ミサイルを検知するためのレーダーシステムの改良、近隣諸国の海中での行動を監視するためのセンサー技術、計算能力を高めるための新しい材料開発を含みます。我々は『軍事』という言葉こそ使いませんが、そういった技術が、今日においても将来においても、軍の利益にも役立つことは明らかです」というコメントが添えられています。大野英男・東北大学総長は、「軍民両用性があるからと言って、政府の資金援助プログラムを非難するのは時期尚早です。ほとんど全ての研究は、軍民両用に分類可能ですが、だからといって、軍事目的に役立つということを意味しません。量子技術、生命工学、そして人工知能は全て、日本が投資すべき分野です」と語っています。

記事は、日本の学術界が、こういった軍民両用研究の拡大の動きに抵抗してきたことも紹介しています。2017年に日本学術会議が発表した、軍事・戦争を目的とする研究には絶対従わないとことを再確認する声明に支えられて、多くの大学が軍事研究を許可しないと宣言したり、防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度に応募することの是非を慎重に検討するようになりました。それ以来、防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度への大学の研究者からの応募は減少したことが紹介されています。この部分については、私のコメントは添えられていませんが、取材時に私が記者に説明をした内容が記事としてまとめられています。

軍民両用研究の推進の問題点について、記事では2点を挙げています。第1に、政府の重点領域研究に研究費が増えることによって、経済的利益に直結しない研究分野が脇に追いやられたり、無視されることにつながる可能性があることです。杉田敦・法政大学教授(政治哲学)は、これを「学問の自由への侵害だ」と指摘しています。第2に、研究成果の公開性が侵害され、「閉ざされた科学」となる可能性があることです。これについては、「安全保障技術研究推進制度は、今のところ、基礎研究の段階にあり、誰でも研究成果にアクセスすることができますが、将来にわたって、研究成果の公開性は保証されてはいません」という私のコメントが添えられています。これらの問題点の指摘に対し、角南篤氏は「もちろん、オープンサイエンスが望ましいが、保護されるべき研究成果もある」と反論しています。角南氏はまた、「政府の経済安全保障法制に関する有識者会議の場で、どの技術に優先投資するか、どの段階でその研究を機密化するかについてガイドラインを定めるための議論を近々再開する」とも述べています。

本記事の最後は、杉田敦・法政大学教授のコメントで締めくくられています。「今月の参議院選挙の投票率はたったの52%であり、政権与党が広範に支持されたとは言えません。しかし、安倍元首相が暗殺されたことにより、安倍氏の遺産である軍事指向の政策を与党は一層強く推し進めるかもしれません。それは、経済成長を促進する手段としての軍民両用研究の推進という側面もありますが、軍事指向政策が産業界から強い支持を受けていることにも注意する必要があります。ですから私たちは、そんなに楽観的ではいられないのです。」

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